オーストラリアで暮らすもん

メルボルンでワーホリする根暗の毎日日記

【Days74】「英語はリスニング→スピーキング→リーディング→ライティングで勉強しろ」は本当なのか?の話

心の疲れがすごい。

というのも、デトロイトの実況の視聴を完走したからですね。

オススメされた実況者さんのやつを見たら、普通にバッドエンドチックなやつで、苦しいです。

コナー君がもっとかわいいところが見たい!

というか、コナー君とハンク君が仲良くしているところがみたいですね~!

はわ~!

と思って1日が始まり、1日が終わりました。

まぁ、なんかいろいろ書いていたら英語の話になってしまったので、今日はそういう記事にすることにします。

 

 

水曜日ということで今週もセールが始まりましたが、大したセールじゃないです。

ただ、私はどうしてもパスタソースを半額で買いたかったので、woolworthsを実に3店舗回りました。

最後はバスまで使いましたよ。

帰りに、丘の上から見る街の風景が、めちゃめちゃに綺麗で感動したのですが、写真では全然伝わらなかったので写真はやめました。

オーストラリアって、すっごくフラットな土地にたま~にすっごく緩やかな丘があって、そこをたまたま歩くと、高いわけではないのに地平線まで見渡せて、とんでもなく見晴らしがいいんですよ。

いつかこの風景に、慣れたくないなぁと思うわけですね。

そして念願のトマトパスタ!

もうこっち来てトマトパスタばかり食べているのですが、「あきたわ…」とならずに「よっしゃトマトパスタの時間だ!」となっているので、オーストラリア人の素質があるのではと思いますね。

 

本題へ

意気揚々と準備する途中、ハウスメイト氏が「テストでwritingが悪かったんだけど、writingよりlisteningとかspeakingを重視してるからwriting勉強したくないんだよね」という趣旨の愚痴をこぼし、私は面食らいました。

「英語を勉強したい」と言ってやってくる人間は大体このようなことを言うので、信用できませんね。

というか、こちらに来てから「勉強したくない」と私が思ったことがないことを教えてくれます。

例えばテストで悪い点を取ったとしても、私の目標は「日本に帰らないこと」なので「もうやだ~」となることはなく、「ここもっと勉強しなきゃな……」と思うだけなのです。

完全に面食らったわけですが、関係を悪くしたいわけでもないし人的にはいい人なので、「英語がペラペラになりたいんだったらwritingも必須ですよ~あんまり(好き嫌いとか)気にしない方がいいですよ」みたいなことを言って終わりにしましたが、完全にハウスメイト氏は「テストの点は気にしなくていい」って解釈している気がします。

はぁ~コミュ障が光る!

せっかくオーストラリアまで来ているのに、間違った勉強法によって大して学べずに帰るであろう人間を見ると、とっても悲しい気持ちになってしまうのです。

ハウスメイト氏は、「まぁ、経験が大事だから」と言いつつ、やはり言語の壁があるのか韓国人オーナーとのエンカウントを回避しがちだったり、ひとりで遠出しないで引きこもったり、非常にもったいないし、真意がわかりかねます。

世の中には、「子供はlistening→speaking→reading→writingと学ぶから、勉強する人もその順番に学ぼう」っていう宗教があり、ハウスメイト氏もそれを鵜呑みにしているようです。

しかし、それは明らかに間違いだと私は思うのです。

人間の脳は幼少期に臨界期(アホみたいに知識を詰め込める時代)が終了し、そこから先は努力という形で言語を習得します。

特に私はとてもいい実験体でして、臨界期に上海語をlistningまでしか習得できなかった人間なのです。

そして、上海語というのは教えてくれる人が日本に教師がいない限界言語。

というわけで、幼少期以降には、そこから先の言語習得が私にはほぼ不可能だったのです。

幼少期は天才だったから3か月で言語を習得して話すところまで行ったそうなのですが、次の年に上海に渡った時には話し方を忘れ、何を話しているかのトピックがわかるかなくらいのlistening能力しか持ち合わせていませんでした。

そして、「幼少期に習得した言語だからトピックがわかるくらいの基礎能力は失われないけれど、発展もしない」という状態が、以降10年以上にわたって続くことになります(その間1年に1度ないし2度、2週間の滞在を続けていました)。

それが変わったのが、高校2年の頃です。

高校2年になり、私は中国語の授業を選択で取り始めました。

そもそも、中国語と上海語というのは、「上海語は方言」とよく言われるように、かなり近い関係にあるので文法はほぼ(ほぼなので100パーセントではないです)同じです。

ただし、発音が方言を超えるレベルで違いますので、中国語しかわからない中国人は上海語を聞いても一切分かりません。

日本語と沖縄方言の関係に近いかもしれないです。

でも、中国語の授業を受けていく中で、「ああ、この字は中国語では○○と読むけど、経験上上海語だと△△だな」とか照らし合わせて学ぶことができたのです。

そしてもっと大きかったのは、文法の存在です。

文法がわかることによって、「今の単語はわからなかったけど、前後の単語的に修飾語だろう」とか、「おそらく最後に言った単語が、○○を指しているのだろう」とか推測することができて、今まで形のない音楽だった言語に、楽譜がついたような感覚でスラスラと覚えていくことができるようになったのです。

今ではもう、中国語の勉強を精力的には行っていないのですが、年に1回の訪中で上海語の能力がぐんとあがり、今では日常会話ならほとんどの意味がわかるようになりました。

ついでに、speakingも簡単なものですが、できるようになりました。

というわけで、「住めば言語がわかるようになる」というのは、明らかな間違いです。

正しくは、「住んで勉強したら、言語がわかるようになる」のです。

「言語は耳から入る」というのは、幼少期に言語を完全に習得できたバイリンガル強者の言い分です。

私たちは、閉ざされた脳みそにちょっとずつ入れていかなければならないわけで、効率的な言語習得方法を行えないと、いくら勉強してもいい成果が出ません。

効率的な言語習得のためには、文法を理解して単語の意味や使い方を推量できるようになっている必要があると感じます。

リスニングを行って耳から入るのは、そこからです。

あるいは、視覚情報が記憶に残りやすい人は、そうして文法の基礎を理解した上でリーディングから勉強して、そこに発音をすりあわせていくのも有効だと思います。

そんなことを思うわけです。

が、とっても長い話になるし、まとまりがないのでハウスメイト氏には伝えられずにいます。

とにかく、「なんでもいいからリスニングから!」と思って何も知らないのにスピードラーニングとかやっちゃうのは、間違っているわけですね。

スピードラーニングだって、英語の基礎能力のある人間にはすごく有効と思いますよ。

ただ、「子供だって何も知らないときにリスニングから学ぶんだから…」とか言っちゃう人には、「いやいや待てよ、お前は3歳の子供なのか!?」って言いたくなっちゃいますね。

言語習得へのスペックが違いすぎぃ!

大人の言語習得はね、バランスなのよバランス。

だからね、嫌いだからどれかを疎かにしようとする発想がなぜ生まれるのかわからないし、語学学校なんて普通の学校と違って留年とかないし、いっぱい話していっぱい聞いて、遊ぶみたいに勉強できたらいいと思うんです。

 

もう~モヤモヤしたことを全部書いて意識高いブログの真似していたら、こんな時間ですよ!

コナー君とハンク君の楽しい動画、見られなかったじゃないの~!!

うわ~ん!

おやすみ~!